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広島高等裁判所 昭和35年(う)437号 判決

控訴人 検察官・被告人 吉田治平

弁護人 椢原隆一 外二名

検察官 湯川和夫

主文

第一審判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役一〇月に処する。

訴訟費用中

第一審証人賀屋年明、山手光、原田二郎、秋山福一、福田稜威夫、三谷静夫、丹羽諦順、坂田修一、寺奥徳三郎、山崎信登、久米通昭に支給した分、及び当審において証人久米通昭を除くその余の証人に支給した分は全部被告人単独の負担とし、第一審証人横山重三、岸鉄夫、円道勤、岡崎一彦、田中孝、可部田光則、青木一、中田義正、岡本沐、伏田忠司、に支給した分は被告人及び第一審相被告人加太恂、枌原久夫の連帯負担とし、

第一審証人鈴岡教宏、豊本末雄及び国選弁護人高橋武夫に支給した分は被告人と第一審相被告人小笠原健作の連帯負担とする。

本件公訴事実中昭和二五年広島市条例第三二号集団行進及び集団示威運動に関する条例違反の点については、被告人を免訴する。

理由

本件各控訴の趣意は、記録編綴にかかる被告人吉田治平竝びに同被告人の弁護人高橋武夫、椢原隆一名義の各控訴趣意書、弁護人椢原隆一、原田香留夫、荒木宏連名の控訴趣意補充書(その一、その二)及び検察官合志喜生名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

一、被告人本人及び高橋、椢原両弁護人の各控訴趣意竝びに椢原弁護人外二名連名の控訴趣意補充書中、建造物侵入に関する(事実誤認及び法令適用の誤)論旨について、

しかしながら、第一審判決挙示の証拠によれば、被告人は第一審判決記載のように、いわゆる失業対策事業の日雇労務者の組合代表者の一人として、他の代表者十一、二名の者等と共に、昭和二六年一一月末頃より、日雇労務者の越年資金の要求等について、広島市当局側代表と数回に亘つて交渉を持ち、一二月四日市側代表より、「失業対策事業の性質上、組合側の要求には応じられないが、なお県とも接衝の上、一二月七日に回答するから、それまで待たれたい」との回答があり、その後右回答の期日は一二月五日に繰り上げられたのであるが、被告人等組合側は同五日午前八時半頃より、続々と広島市役所に詰め掛け、同日正午頃までには一、〇〇〇名にも達する組合労務者が市役所構内空地、庁舎各階の廊下、屋上等に入り込み、正午頃からは多数の労務者が右廊下や屋上に座り込んで動かず、同市役所の一般執務に障害を来すような状勢にまで立ち至つたのである。右のような状況の下で、同日午後四時頃より、右市役所厚生局長室において、組合対市側の交渉が開かれ、市側を代表する同市助役坂田修一、厚生局長丹羽諦順、労政課長原田二郎等より、「一二月一〇日から同月三〇日まで一日三〇円の賃金の歩増を行い、一二月三〇日これを一括して支払う」旨、組合側の要求の一部を容れた回答がなされたのであるが、被告人等組合側はこれを不満として当初の要求を繰返し、市側代表者より右回答以上の要求には応じ難いから、交渉はこれで打切ると説得に努めたが、被告人等はなお交渉の継続を要求して動かず、既に市吏員の退庁時刻を経過しているのに、廊下竝びに屋上に座り込んでいる多数の組合労務者は、一向に退去の様子がなく、一般市吏員の退庁後まで、そのままの状態に放置するときは、庁舎管理の責任を全うし得ない危険も感ぜられたので、市側代表者はついに同日午後五時一五分頃、重ねて交渉の打切を通告すると同時に、五時二〇分までに全員庁舎外に退去せよとのいわゆる退去命令を発したこと、しかるに被告人等組合側は右通告によつて却つて昂奮し、新たに当日同市役所に出動した労務者に対する日当の支払を要求し、市側代表者が右要求について、内部の協議を遂げた上、拒否の回答をなすと共に重ねて退去の要求をなすや、被告人等代表者の外、附近廊下に座り込んでいた数十名の労務者(第一審証人原田二郎は約一〇〇人に達したという)までが、「退去命令を出しても、今日の日当を出して呉れねば帰られないではないか」「帰つても飯櫃は空であるから帰れない。」などと口々に叫びながら、厚生局長室になだれ込み、一部の者は机上にも上り、身動もできないようなすし詰の状態で市側代表者に詰寄り、他方市側代表者としては前記回答を繰返す外は、一切沈黙を守り相手にしない態度を採りながら警察の来援を求め、午後八時頃に至つたことが認められるのである。

して見れば右のように、越年資金等本来の要求に対する回答や退去命令の後に、新たに別の要求が提出されたとしても、市側代表者はその双方について回答をなすと共に、同日の交渉を打切り、早急に退去を要求する態度を堅持していたもので、すくなくとも当日の日当の要求を拒絶し、さきの退去命令に基いて重ねて退去を要求した午後六時頃より以降は、交渉は全く決裂の状態にあつたものと認められ、所論のように一旦なされた交渉打切の通告や退去命令が撤回せられ、警察力の介入のあるまで、交渉が再開続行せられていたとは到底認め得ないのである。つぎに所論は右退去命令は、市庁舎の管理者である市長浜井信三の意思に反して発せられたもので、その方式にも瑕疵があると主張してその効力を争い、或は右不退去は団体交渉権の範囲内に属する正当行為であると主張して、その違法性を争うのであるが、第一審判決挙示の証拠によれば、右退去命令は助役坂田修一等が、当日午前中からの情勢により、本件のような事態に立ち至る虞のあることを懸念し、予め右市長の決裁を受け、発令の時期情勢に関する判断まで一任せられていたものであることが明らかであるから、同命令が市長の意思に基くものであることに疑を容れる余地はなく、しかもそれが権限ある代理者によつて発せられたものであることが明らかである以上、その方式の如きは問うところではないのである。しかして本件交渉の前記経緯、ことに当日市役所に集合した組合側労務者の人数とその動静、とくに交渉の打切や退去命令の通告せられた前後の、被告人等組合側の言動、その時間場所、失業対策事業における地方公共団体の立場(施行主体は地方公共団体であつても、事業費はその全部若しくは一部を国庫の補助に仰ぎ、その自主性につき制約がある)などを考え合わすと、右交渉に示した市側の態度には、真にやむを得ない正当な理由があるものとなし得るに反し、被告人等組合側の態度、ことに越年資金等本来の要求に対する回答や退去命令が通告せられてから後の状況は、もはや正当な団体交渉の域を逸脱したもので、前記のとおりすくなくとも午後六時頃より以後は、建造物侵入の罪を構成するものとなさざるを得ないのである。

弁護人や被告人は、被告人が右のような不退去の所為に出たのは、当時同所に集つていた一、〇〇〇名に達する労務者の総意により、やむを得なかつたのであるとして、恰かも期待可能性のない行為であるかのように主張するのであるが、被告人等組合代表者が組合労務者から、そのような事態に追い込まれていたと認め得る措信すべき証拠もなく、被告人等が組合員に説得慰撫を試みた形跡も全然ないのである。

以上要するに原判決には所論のような事実誤認もなく、法令適用の誤もない。論旨は理由がない。

二、前同控訴趣意竝びに控訴趣意補充書中暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の事実に関する(事実誤認)論旨について、

しかしながら、原判決挙示の証拠によれば、本件暴行及び毀棄は、被告人が役員をしている自由労働者組合の組合員の一部と、その主義主張を同じうする朝鮮人集団の合流した一六〇名位の集団が、約二粁余の示威行進の後行つたもので、被告人が右集団の指揮者の有力な一人であつたことに疑はなく、また右集団が赤旗や両端の尖つた異様な形のプラカードを持ち、掛声を発し気勢を挙げながら、第一審判決記載の特審局玄関車寄から道路にかけて、一五、六回に亘つて旋回示威を行ない、その間集団先頭の自由労働者組合に属する枌原久夫や加太恂竝びに朝鮮人集団に属する羅成斗等が、プラカードや旗竿等により特審局玄開扉等の硝子を叩き割り、また集団中の他の数名が右硝子に向つて投石してこれを毀したり、可部田光則に向つて投石し、或は硝子の破壊箇所から、玄関内に催涙液入の瓶を投げ入るなど第一審判決第二記載のような所為に及んだことが明らかであり、しかも右各証拠によると、右のようにプラカードや旗竿や投石による玄関硝子の損壊や暴行は、比較的初期の旋回中に行われ、当時被告人は集団の列中先頭に近い部分に居り、枌原、加太等と相前後して旋回していたのであるから、被告人が枌原等の右損壊行為を知らない筈はない(特審局前道路においてこれを見分していた者もその破壊音を聞いている。また被告人が一尺余の捧のような物で玄関硝子を突き毀していたと証言する者さえいる。)にもかかわらず、被告人は数回旋回の後列外に出て、その後の一〇余回の旋回を指揮し、かつその間特審局前道路を通過しようとするオート三輪車の運転手等に対し「ここが通れるものなら通つて見よ、通ればどうなるか判らぬぞ」と怒気を含めて叱りつけ、これを阻止しているばかりでなく、その後右集団を広島女学院前道路に導いて行き、集団員全員に対し「本日のわれわれの行動は成功であつた」云々と激励の挨拶さえしているのである。以上のような諸状況に照すときは、被告人吉田は、すくなくとも現場において、第一審相被告人枌原、加太、羅成斗その他の前記行為者と、互に意思を相通じ相協力して本件暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の犯行を行なつたものと認定せざるを得ないのである。

原審竝びに当審における証人の供述中右に反する部分は措信し難く、また弁護人竝びに被告人の所論中、右犯行当時における国際的国内的政治情勢を引用して、第一審判決を非難する部分は、概ね独自の見解に基くもので、直接本件犯罪の成否に関係があるとは考えられないので採用の限りでない。

論旨は理由がない。

三、検察官の無許可集団行進等の事実に関する(法令適用の誤)論旨について、

被告人等が起訴状記載の日時場所において、同記載のような無許可集団示威行進を行つたことは証拠上疑のないところであり、その処罰法規である昭和二五年広島市条例第三二号を違憲無効と解釈し、本件集団示威行進を無罪とした第一審判決の誤であることは、昭和三五年七月二〇日の最高裁判所大法廷判決に照らし、もはや多言を要しないところである。

ところで職権を以て判断するに、右広島市条例第三二号は、本件差戻後である昭和三六年四月一日、広島市条例第二七号によつて即日廃止せられたのであるが、右条例第二七号には、単に昭和二五年広島市条例第三二号を廃止する旨を宣言するに止まり、廃止前の違反行為につき何等の経過規定も設けていないのである。しかもこの種集団行進や示威運動に関する条例を、限時法と解する見解に従い得ないことは、昭和二九年(あ)第三、七二九号事件についてなされた、昭和三五年七月二〇日の大法廷判決の趣旨から優に窺い得るところであるから、前記条例第三二号は、昭和三六年四月一日以降、廃止前の行為に関する場合であると否とを問わず、すべての関係において失効するに至つたものと解せざるを得ないのである。

しかるに検察官は、前記市条例第三二号の廃止の前日、右市条例と概ね同一内容の処罰法規を有する、広島県条例が制定公布せられたことを理由として、右市条例第三二号の処罰法規は、廃止の前日既に、市条例に優先する広島県条例に吸収承継せられ、広島市にも適用せられるに至つていたものであるから、刑の廃止があつた場合には当らないと主張するのである。そこで検討するに、なるほど広島県においては、前記市条例第三二号を廃止した、昭和三六年四月一日広島市条例第二七号の公布の前々日に当る同年三月三〇日、右市条例第三二号とほとんどその内容を同じうする広島県条例第一三号を制定公布し、翌四月一日よりこれを施行する旨の附則を設けているのである。して見れば従来前記市条例第三二号によつて規制せられていた広島市地域における集団行進等は、同市条例の廃止と同時に、新たに広島県条例第一三号によつて規制せられることになり、条例の制定者は異なるとしても、集団行進等の規制やその処罰に関する法規には、前後全くその間隙がないばかりでなく、都道府県と市町村が、それぞれ独立の地方自治体であつて、各自その行政事務に関し、条例を制定する権限を有するとしても、両者はやはり国家統治体制の一側面として、国の法令に違反する条例を制定し得ないのはもちろん、地方自治体相互の間においても、都道府県は条例を以つて、自ら市町村の行政事務に関して規定を設ける権限を有し、その限度においてこれに違反する内容の市町村条例は無効とせられていること(地方自治法第一四条)などに徴すると、検察官所論のとおり、前記広島市条例第二七号によつて、形式上廃止された昭和二五年広島市条例第三二号の処罰法規は、実質上、上位の地方自治体である広島県の条例第一三号に吸い上げられて存続し、刑事訴訟法第三三七条第二号にいわゆる刑の廃止の場合には該当しないように考えられないこともない。しかしながら他面、広島市と広島県は独立別個の地方自治体であつて、各自独立の意思主体として条例制定権を有し、国の立法、司法、行政の各機関が、同一意思主体内の一部門として、与えられた権限に基き、統一された意思の下で法令の制定改廃を行なう場合とは自からその趣を異にすること及び若し条例の制定者において、その意思があるならば、きわめて簡単な字句を附加することによつて、これを容易に明確になし得るにかかわらず、前記のように広島市条例第二七号が、同市条例第三二号を廃止しただけで、廃止前の市条例違反の行為につき、何等の経過規定をも設けていないことなどを考え合わすと、本件の場合は所論のようにこれを処罰法規の単なる改正ないしは承継とは解し難く、刑の廃止のあつた一場合として免訴する外ないものと考えられるのである。

よつてさらに量刑不当に関する論旨につき、判断を示すことはこれを省略し、刑事訴訟法第三九二条第二項、第三九七条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い直ちに当裁判所において判決する。

第一審判決認定の事実を法律に照すと、同判示第一の点は刑法第六〇条、第一三〇条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、同第二の点は暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条第一項(刑法第二〇八条、第二六一条)、罰金等臨時措置法第二条、第一三条に各該当し、いずれも、その所定刑中懲役刑を選択すべきところ、右は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により、犯情の重い第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内において、所論の情状の外第一審各被告人との量刑の均衡その他各般の情状を参酌し被告人を懲役一〇月に処し、第一審竝びに当審における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条により主文のとおり、被告人において負担すべきものとする。

昭和二五年広島市条例第三二号違反の公訴事実に関する判断、本件公訴事実中、無許可集団行進及び集団示威運動の点は、その処罰法規である昭和二五年広島市条例第三二号が廃止せられたので、刑事訴訟法第三三七条第二号、第四〇四条により、これを免訴すべきものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 村木友市 判事 幸田輝治 判事 牛尾守三)

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